光源氏の最初の妻「葵の上(あおいのうえ)」
葵の上(あおいのうえ)は、光源氏の最初の正妻でありながら、そのプライドゆえ打ち解けられず、最後は生霊(いきりょう)に取りつかれてしまう女性です。
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「源氏物語」で登場する女性たちをご紹介シリーズ
三人目は「葵の上(あおいのうえ)」です。
その前に、当時の貴族の身分制度についてお話します。
当時の貴族は「位階(いかい)」と呼ばれる階級によって、序列が示されていました。
一番上が「正一位(しょういちい)」。次が「従一位(じゅいちい)」「正二位(しょうにい)」「従二位(じゅにい)」と続き、30階までありました。
その位階によって官職が決められており、位階が上がるたび(昇級するたび)官職も上がっていきます(出世ですね)。
官職は一番上が「太政大臣(だいじょうだいじん)」、そして「左大臣(さだいじん)」「右大臣(うだいじん)」「内大臣(ないだいじん)」「大納言(だいなごん)」「中納言(ちゅうなごん)」… と続きます。
源氏物語では、登場人物が出世するたび呼び方が変わるので、誰が誰だかわからなくなくなります(笑)。
(基本的には、登場人物はほぼ官職名で記されています)
「出世のため、天皇やその皇子に娘を嫁がせる」、逆に「天皇家が存続するよう、権力者の家に娘を嫁がせる」というのは、当時お決まりの手法で、葵の上も同様でした。
葵の上は、時の左大臣の娘です。
桐壺天皇と左大臣の両方の希望が合致し、光源氏の元服と同時に、結婚となりました。
当時、光源氏12歳、葵の上16歳。
葵の上は「いと若うおはすれば、似げなく恥づかしと思いたり」
「ちょっと私の旦那になるには若すぎひん? ホンマに似合ってる? 無理かも」って感じでしょうか。
そもそも、桐壺天皇の長男(後の朱雀天皇)と結婚する予定で、大切に育てられたお嬢さまの葵の上には、幼い光源氏とどう接したらいいのか、わからなかったのでしょうね。
また、光源氏も
「いとをかしげにかしづかれたる人とは見ゆれど、心にもつかず」
「いい人みたいやけど、興味ないわ」と、当時恋焦がれていた藤壺しか、頭にありませんでした。
年月が経っても葵の上と逢うことをためらい、他の女性と遊んだり、幼女(後の紫の上)を引き取ったりしたため、葵の上のプライドは傷つき、ますます二人の距離は離れていきます。
ある日、光源氏が病み上がり後、久々に逢いに行った時も、葵の上はそっけない態度だったため
「世とともにはしたなき御もてなしを、もし、思し直る折もやと、とざまかうさまに試みきこゆるほど、いとど思ほし疎むなめりかし」
「こっちはずっと機嫌とる努力してんのに、なんやねん!」と逆切れしてしまいます。
そんな二人でしたが、ようやく葵の上は妊娠をします。
そして、その後に起こった事件(次回書きますね)をきっかけに、光源氏を愛するあまり、生霊となった女性に取りつかれ、出産後に急死してしまいます。
「などて、つひにはおのづから見直したまひてむと、のどかに思ひて、なほざりのすさびにつけても、つらしとおぼえられたてまつりけむ」
光源氏は「いつかはわかってくれると思って遊びまくってたけど、ホンマは辛かったんやろなあ」と思いやるのでした。
(遅いっちゅうの!)
時に、光源氏22歳、葵の上26歳でした。
※ 表記中、太文字と斜め書きになっている箇所は、原文から引用しました。
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