日本第一安産守護大神を祀る 京都・御香宮神社(ごこうのみやじんじゃ)で御朱印
「京都十六社朱印(きょうとじゅうろくしゃしゅいん)めぐり」紹介シリーズ。
今回は、日本第一安産守護大神を祀る 京都・御香宮神社(ごこうのみやじんじゃ)の御朱印を紹介させていただきます。
こんにちは。京都にて、檜(ひのき)の御朱印帳やオリジナルの御朱印帳、当社が考案した「ご祈願帳」、御朱印帳バンドやしおりなどの和雑貨を制作している「工房沙彩(こうぼうさあや)」です。
ご来店いただき、ありがとうございます。
「京都十六社朱印めぐり」本日の紹介は、御香宮神社(ごこうのみやじんじゃ)です。
地元の方は「ごこうぐう」と呼んでいます。
伝承によると平安時代、境内より良い香りの水が湧き出し、その水を飲むと病が治ったので、時の清和(せいわ)天皇から「御香宮」の名を賜ったそうです。
この湧き出た水は「御香水(ごこうすい)」と言われ、明治時代に一旦涸れてしまったそうですが、昭和57年に復元され、その後「名水百選」に選ばれました。
現在も、自由に取水をすることができます。
ご利益は「安産守護(あんざんしゅご)・子育て」
ご祭神は「神功(じんぐう)皇后」
古事記では「息長帯比売(オキナガタラシヒメ)命(のみこと)」と記される、第14代仲哀(ちゅうあい)天皇の大后です。
(以降は、ややこしいので「神功皇后」と書かせていただきます)
神功皇后は、神さまのお告げを聞くことができました。
仲哀天皇が、熊曾(くまそ:九州南部を本拠地とする、王権に抵抗したとされる種族)を討とうとされた際も、神さまのお告げを聞き、天皇に伝えます。
ただそれが、熊曾ではなく、西にある新羅(しらぎ:朝鮮半島にあった国)へ行けとのお告げだったため、天皇は信じませんでした。
すると神さまはお怒りになり、その怒りにより天皇は崩御されました。
この神さまの怒りを鎮めるため、国を挙げて大祓いをし、再びお告げを聞くと、やはり同じことを言われ、
「この国は(神功皇后の)お腹の中にいる男児が治める国である」
と告げられたため、神功皇后は、自ら先頭に立って、新羅征伐に向かいます。
神さまのお力添えもあり、新羅征伐は成功しますが、その途中、お腹の子供が生まれそうになります。
神功皇后は、国に帰るまで生むことはできないと、お腹に石を巻き付けておさえたそうです。
経験上「絶対無理!」としか言いようがありませんが(笑)
もちろん帰国後、無事出産され、御子は第15代応神(おうじん)天皇となられました。
これが「日本第一安産守護大神」と言われる所以でしょうね。
日本書紀では、応神天皇が即位されるまでの70年間、皇太后として政治を行ったとされています。
(100歳まで生きられたそうです!)
また明治時代までは、初の女性天皇とされていたそうです。
皆さんも、神功天皇のパワーを授かりに行かれてみてはいかがでしょう。
工房沙彩では、安産祈願のためのご祈願帳を販売しております。
母親の安全と新しい命との出会いを願った麻の葉柄の表紙です。
よろしければ、ショップで確認してみてくださいね。