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長岡京とは? 京都・長岡天満宮(ながおかてんまんぐう)で御朱印

「京都十六社朱印(きょうとじゅうろくしゃしゅいん)めぐり」紹介シリーズ。

最後は、長岡天満宮(ながおかてんまんぐう)の御朱印を紹介させていただきます。

京都 十六社 長岡天満宮

こんにちは。京都にて、檜(ひのき)の御朱印帳やオリジナルの御朱印帳、当社が考案した「ご祈願帳」、御朱印帳バンドやしおりなどの和雑貨を制作している「工房沙彩(こうぼうさあや)」です。

ご来店いただき、ありがとうございます。

京都 長岡天満宮 御朱印

「京都十六社朱印めぐり」最後の紹介は、長岡天満宮(ながおかてんまんぐう)です。

京都 十六社 長岡天満宮

ご利益は「学問の神様、厄除(やくよけ)、開運(かいうん)」

ご祭神は、もちろん「菅原道真(すがわらのみちざね)公」

この地は、道真公が、在原業平(ありわらのなりひら)らと共に、 しばしば遊んで詩歌管弦を楽しまれたところだそうです。

(神社の説明に書いてあった通り書きましたが、遊んでって(笑) )

京都 十六社 長岡天満宮

道真公が太宰府(だざいふ)へ左遷された時、この地にお立ち寄りになり、

「我が魂、長くこの地にとどまるべし」

と、名残を惜しまれた縁故によって、道真公ご自作の木像をお祀りしたのが当神社の創立だそうです。

京都 十六社 長岡天満宮

長岡天満宮は、十六社の中で唯一、京都市外にあります。

「長岡京市」にあり、平城京と平安京の間にあったとされる、「長岡京」の一部です。

784年、桓武天皇により、奈良の平城京から遷都された「長岡京」。

しかし、その一年後に、桓武天皇の側近で、長岡京遷都に尽力した藤原種継(ふじわらのたねつぐ)が暗殺されます。

この叛逆(ほんぎゃく)に、桓武天皇の弟・早良親王(さわらしんのう)も関与していたとされ、幽閉・配流となり、親王は配流先に向かう途中、恨みを抱いたまま死去します。

親王の死後、日照りによる飢饉・疫病の大流行や、桓武天皇近親者の相次ぐ死去、伊勢神宮正殿の放火、皇太子の発病など様々な変事が起こります。

その原因を、陰陽師(おんみょうじ)に占わせたところ、早良親王の怨霊(おんりょう)によるものとの結果が出て、親王の御霊(ごりょう)を鎮める儀式を行います。

しかし、その直後と2ヵ月後の2度の大雨によって、都の中を流れる川が氾濫し、大きな被害を蒙ったことから、794年に、平安京に再遷都されたのです。

この、早良親王を祀っているのが、以前このブログでご紹介した「御霊神社(かみごりょうじんじゃ)」です。

(読んでいただければ、幸いです)

京都 十六社 長岡天満宮

広大な境内には、樹齢百数十年のきりしまつつじが多数植えられており、その見事さは我が国随一と言われているそうです。

皆さまも、一度この地に、足を運ばれてみてはいかがでしょうか。

 

御祈願帳とご朱印

工房沙彩では、願いに応じたご祈願帳を販売しております。

よろしければ、ショップで確認してみてくださいね。

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